『Tシャツが乾くまで』第8話を見て、どうしても気になったのが咲子という女性の本質です。
これまで物語の中心にあったのは「充の謎」でした。
しかし第8話では、充自身が「咲子の本質を知りたい」と周囲に問いかけます。
そして最後に描かれたのは、充の知らない場所で穏やかに過ごす咲子。
この展開を見ていると、もしかすると今まで私たちが見てきた咲子は、咲子のほんの一部分だったのではないかと思えてきます。
宮内(リリー・フランキー)が語った「相手によって違う顔を見せる女性」
第8話で印象的だったのが、宮内幸次の言葉です。
宮内はみんなに、咲子について**「相手によって違う顔を見せていた」**という趣旨の話をします。
この言葉が、今回のラストを考えるうえで非常に重要なのではないでしょうか。
なぜなら、実際に第8話では、私たちが知っている咲子とは違う姿が描かれたからです。
充が知る咲子は「同じパン」を好んでいた
充との生活で描かれていた咲子は、毎日同じパンを好んで食べるような女性でした。
一見すると、とても小さな日常の描写です。
しかし千鶴(臼田あさ美)が語った咲子は「飽き性」で、突発的に行動することもある人物。
ここには、一見すると矛盾があります。
飽き性なのに、毎日同じパンを食べる。
もちろん、人間にはさまざまな一面があります。
だから単純に矛盾とは言えません。
でも、宮内がわざわざ「相手によって違う顔を見せる」と語った直後だけに、この違いは気になります。
もしかして、充との生活では別の顔を見せていた?
ここからは私の考察です。
もしかすると咲子は、充との生活の中で、「充が知っている咲子」を演じていたのではないでしょうか。
充が知っている咲子。
宮内が知っている咲子。
そして、海辺で見せた咲子。
それぞれが違う。
もしそうだとすれば、充が今回「咲子の本質を知りたい」と言ったのは、咲子について何か違和感を感じ始めているからなのかもしれません。
海辺の咲子は、まるで別人だった
そして何より印象に残ったのが、ラストの咲子です。
海辺にいる咲子は、とても穏やかでした。
子どもたちに囲まれ、充と一緒にいたときとは違う空気をまとっています。
私はこの咲子を見て、
「まるで別人みたい」
と思いました。
もちろん同じ咲子です。
でも、そこにいる咲子は、充との生活で見せていた咲子よりも自然で、肩の力が抜けているように見えます。
これこそ、宮内が言っていた「相手によって違う顔」の答えなのでしょうか。
あの子どもたちは咲子の本当の家族?
そして、さらに気になるのが子どもたちです。
海辺で咲子を囲んでいた子どもたちは、一体誰なのでしょうか。
私はここで、ひとつの可能性を考えてしまいました。
あの子どもたちは、咲子の本当の家族なのではないか。
そして、咲子を「咲子」と呼んだ漁師風の男性。
もし彼が咲子の夫だったとしたら?
もし子どもたちが咲子の実の子どもだったとしたら?
これまで充が知っていた咲子とは、まったく違う人生が存在していたことになります。
ただし、現時点ではもちろん断定できません。
男性が昔からの友人なのかもしれませんし、子どもたちも親戚や知人の子どもかもしれません。
だからこそ、ここは次回以降の重要な謎として残ります。
「充の失踪」と「咲子の失踪」はつながっている?
もうひとつ気になっているのが、「失踪」というテーマです。
これまで私は、物語の中で「充の失踪」に注目していました。
でも、第8話を見ていると、実は咲子もまた、自分自身の人生から「失踪」していたのではないかと思えてきます。
充との時間の中で、咲子は別の顔を見せていた。
そして今、海辺で見せている咲子は、まるで本来の自分を取り戻したように穏やかです。
もしそうなら、
「充との時間そのものが、咲子にとっての失踪だった」
という見方もできるのではないでしょうか。
充が失踪した物語だと思っていたら、実は咲子もまた、自分の本当の人生から離れていた。
そんな構造だったとしたら、かなり深い物語です。
充が知りたい「咲子の本質」とは?
第8話で充は、「咲子の本質を知りたい」と言いました。
その答えを、もしかすると私たちはラストで少しだけ見せてもらったのかもしれません。
充の前では見せなかった顔。
宮内が知っていた顔。
そして、海辺で見せた穏やかな顔。
咲子には、いくつもの顔がある。
その中に、**「本当の咲子」**は存在するのでしょうか。
そして、なぜ咲子は充にだけ安否を知らせなかったのか。
最後に現れた男性は誰なのか。
子どもたちは本当に咲子の家族なのか。
第8話は、これまでの「充の謎」をさらに深めるだけでなく、「咲子の本質」という新たな謎を生み出した回だったように感じます。
次回以降、咲子の過去が明らかになったとき、第8話のラストに隠された意味も一気につながるのかもしれません。

