※この記事には『Tシャツが乾くまで』第7話までのネタバレを含みます。
『Tシャツが乾くまで』で、ここまで物語を見てきたからこそ気になるのが、樹生とあずさの夫婦関係です。
樹生は、亡くなった妻・あずさを深く愛していたように見えます。
しかし第7話では、あずさと充が毎月「第3金曜日」に会っていたこと、その時間に互いの悩みや本音を打ち明けていたことが明らかになりました。
さらに樹生は、あずさが残した日記を読むことになります。
そこには、樹生が知らなかったあずさの一面が記されていました。
では、樹生はなぜあずさと結婚したのでしょうか。
そして、あずさへの愛は本物だったのでしょうか。
第7話までの描写から、2人の夫婦関係を考察します。
樹生とあずさは、どんな夫婦だった?
樹生とあずさは、子どもを育てながら家庭を築いていた夫婦です。
少なくとも樹生にとって、あずさとの結婚は「なんとなく選んだ人生」ではなかったように思います。
あずさとの間には子どももいて、樹生は家庭を大切にしていました。
だからこそ、あずさが充と「第3金曜日」に会っていたことを知ったときのショックは大きかったはずです。
単純に「妻が他の男性と会っていた」というだけではありません。
樹生にとっては、
「自分が知っていたあずさ」と「自分の知らないあずさ」が存在していた
ということが、一番つらかったのではないでしょうか。
樹生はあずさを本当に愛していた?
私は、樹生のあずさへの愛は本物だったと考えています。
ただし、その愛には少し「理解しているつもり」という部分もあったのではないでしょうか。
第7話では、樹生が充に対して「あずさのことはなんでも知っている」という趣旨の言葉を口にします。
ところが、その直後に樹生はあずさの日記を読むことになります。
そこに書かれていたのは、樹生が知らなかったあずさの本音でした。
あずさは、夫や子どものことを大切に思いながらも、ときどき「離れたい」と感じることがある。
そして、充とは「嫌われてもいい」「もう二度と会わないかもしれない」相手だからこそ、普段なら言えないことを話せていた。
第7話では、あずさが充を理解できるのは自分だけかもしれないという、ある種の特別な感情を抱いていたことも明らかになっています。 (オリコンニュース(ORICON NEWS))
つまり樹生は、あずさを愛していた。
でも、あずさのすべてを理解していたわけではなかったのです。
なぜ樹生はあずさと結婚したのか
ここは、物語の中では明確な「結婚理由」がすべて説明されているわけではありません。
だからこそ、これまでの描写から考える必要があります。
私は、樹生があずさと結婚した理由は、
「あずさと一緒に人生を歩みたいと思ったから」
という、とてもシンプルなものだったのではないかと考えています。
あずさは人との距離を縮めることが上手で、相手の話を聞くことができる女性です。
一方、樹生はどちらかというと感情を内側に抱えるタイプ。
そんな樹生にとって、あずさは自分の人生に自然に入り込んできてくれる存在だったのではないでしょうか。
そして2人は結婚し、子どもが生まれ、家庭を築いていった。
そこには、少なくとも樹生側から見れば、確かな愛情があったはずです。

それでも、あずさには「離れたい」ときがあった
ここが、この夫婦を考えるうえで非常に重要です。
あずさは、夫も子どもも大好きでした。
それでも、ときどき「家族から離れたい」と思うことがあった。
これは「家族を愛していない」という意味ではありません。
むしろ、大切だからこそ距離を取りたくなる瞬間があるという、複雑な感情だったのではないでしょうか。
第7話では、充もまた「幸せで息が詰まった」と語っています。
結婚し、家を買い、子どもを諦めるという人生を進めるほど、どんどん逃げたくなっていった。
そんな充にとって、あずさとの「第3金曜日」は、家庭を捨てるためではなく、一時的にそこから離れて自分自身を取り戻す時間だったことが描かれました。 (cinemacafe.net)
そして、あずさも同じような感覚を持っていた。
この共通点が、2人を特別な関係にしたのでしょう。
あずさは樹生を愛していなかった?
では、あずさは樹生を愛していなかったのでしょうか。
私は、それは違うと思います。
第7話で明らかになったあずさの本音を見ると、むしろ夫と子どもを大切にしていたからこそ、「ときどき離れたい」という気持ちを抱えていたと考えられます。
人は、一人の人間の中に矛盾した感情を同時に持つことがあります。
「家族が大切」
「一人になりたい」
「夫を愛している」
「誰かに自分の話を聞いてほしい」
これらは、必ずしも両立しない感情ではありません。
あずさにとって樹生は「人生を一緒に歩く人」。
一方、充は「人生から少し離れた場所で本音を話せる人」。
役割が違ったのではないでしょうか。
充とあずさは不倫だったのか?
第7話では、この問題についてもかなり踏み込んで描かれました。
充自身は、あずさとの関係を単純な「不倫」とされることに納得していませんでした。
実際、2人が毎月会っていた目的は、コインランドリーで話をすること。
お互いの家庭や人生について、本音を話す時間でした。
一方で、夫婦に隠れて毎月会っていた以上、「完全に問題のない関係」とも言い切れません。
だからこそ、このドラマは2人を「不倫だった」「不倫ではなかった」と簡単に分類しないのだと思います。
第7話では、充が語った内容に一つの嘘が含まれていたことも判明し、あずさ側の日記によってさらに別の見方が提示されました。 (TBS)
あずさにとって樹生は「一番大切な人」だった?
ここは、私はそうだった可能性が高いと思います。
充とは本音を話せた。
でも、それは「充のほうが樹生より大切だった」という意味ではありません。
むしろ、大切だからこそ言えないことがあるのです。
嫌われてもいい他人には言える。
でも、失いたくない家族には言えない。
あずさにとって樹生は、簡単には失いたくない存在だったからこそ、弱さや「離れたい」という気持ちをすべて見せられなかったのではないでしょうか。
樹生は「あずさを理解できなかった」と後悔する?
第7話以降、樹生にとって重要になるのはここだと思います。
あずさが亡くなってから、樹生はもう本人に直接聞くことができません。
だから日記に書かれた言葉が、樹生にとって唯一の「あずさの本音」になります。
そこで初めて、
「妻にはこんな気持ちがあったんだ」
「自分は知らなかった」
と気づく。
これは樹生にとって、とても残酷です。
もしあずさが生きていれば、
「どうして言ってくれなかったの?」
と聞くことができます。
でも今は、それができません。
だから樹生は、あずさの日記を読むことで、これからも少しずつ妻を理解していくことになるのではないでしょうか。
だからこそ、樹生と咲子の関係が気になる
ここで、咲子の存在が重要になってきます。
樹生と咲子は、どちらも「愛する人の本音を完全には知らなかった」という共通点を抱えています。
そして第7話では、咲子と樹生が充とあずさの関係について向き合うことになります。
樹生にとって咲子は、あずさのことを一緒に考えられる相手。
そして咲子にとって樹生は、充とあずさの関係を知る者同士として、自分の苦しみを理解してくれる相手です。
だから今後、樹生が咲子に惹かれていく可能性もあります。
ただし、それは「あずさの代わり」を求める感情ではないでしょう。
むしろ、あずさを失った樹生が、ようやく自分自身のこれからの人生を考え始める過程で、咲子という女性に惹かれていく可能性があるのだと思います。
樹生はあずさを今でも愛している?
私は、樹生のあずさへの愛情は、今も消えていないと考えます。
ただ、その愛はこれまでとは少し違う形になっていくのではないでしょうか。
生前のあずさを「自分の妻」として愛していた樹生。
これからは、日記を通して「あずさという一人の人間」を知っていく。
夫婦だったからこそ見えなかった部分を、妻が亡くなった後に知っていくという、とても皮肉な関係です。
そして、あずさの本音を知れば知るほど、樹生は「あずさを所有すること」と「あずさを愛すること」は違うのだと気づいていくのかもしれません。
まとめ|樹生とあずさの結婚は「間違い」ではなかった
第7話までを見る限り、樹生とあずさの結婚は、最初から偽りだったわけではないでしょう。
樹生はあずさを愛していた。
あずさも樹生や家族を大切にしていた。
ただ、愛していることと、相手のすべてを理解できることは別だったのです。
あずさには、家族には言えない気持ちがありました。
そして、それを話せる相手が充だった。
その事実を知った樹生にとって、これは大きなショックです。
しかし、あずさの日記を読むことで、樹生はこれまで知らなかった妻の本当の姿を知ることになります。
もしかすると樹生にとって、あずさとの結婚生活は「終わった」のではなく、亡くなった妻をもう一度理解し直す時間になっていくのかもしれません。
そして、その過程で樹生が咲子とどんな関係を築いていくのか。
「あずさを愛した樹生」が、これからもう一度誰かを愛することができるのか。
第8話以降は、樹生自身の「再生」も大きな見どころになりそうです。


